柴くん:ねえ小雪ちゃん、世界のEVの電池でいちばん大きい会社ってCATLだったよね。あれを作った人ってどんな人なの?🤔
小雪ちゃん:曾毓群(ゾン・ユーチュン)さんっていう人だよ✨ 福建省の田舎町から出てきて、世界の電気自動車の電池を握るところまで行った人なの。今日はその歩みを追いかけてみようね。
1. 福建の貧しい町に生まれた少年
柴くん:どんな家に生まれた人なの?
小雪ちゃん:1968年、福建省寧徳市の農村の生まれなの。当時の寧徳といえば、中国のなかでも特に貧しい地域として知られていた場所だったんだよ💦
小雪ちゃん:ただ、彼は勉強がすごくできて、上海交通大学という名門に進学するの。専攻は船の機械。卒業後は国有企業に就職するんだけど、なんとたった3か月で辞めてしまうんだよ😳
柴くん:えっ、せっかく名門大学を出て入ったのに?💦
小雪ちゃん:そう。安定した「鉄のお茶碗(=潰れない職)」を捨てて、彼が向かったのは広東省東莞にある外資系の電子部品工場だったの。ここが人生の分かれ道になったんだよ。
2. 電池との出会い、そして最初の起業
柴くん:工場では何をしてたの?
小雪ちゃん:新科磁電(SAE Magnetics)という香港系の会社で、ハードディスクの部品を作っていたの。曾毓群さんはそこで頭角を現して、10年ほどで技術部門の責任者クラスにまで昇進するんだよ💪
小雪ちゃん:転機は1999年。上司だった梁少康さんに誘われて、携帯電話向けのリチウム電池を作る会社「ATL(新能源科技)」を共同で立ち上げるの。当時はまだ日本メーカーが電池の世界を握っていた時代だったんだよ。
柴くん:日本が強かった頃なんだ……😳
小雪ちゃん:うん。ATLは薄型で変形しにくい電池を開発して、スマートフォン向けで一気に伸びていったの。この「小さい電池」で培った技術が、のちに「大きい電池」=EV用電池へ応用されていくことになるんだよ✨
3. 故郷に戻って作った会社が世界一になる
柴くん:それでCATLはいつできたの?
小雪ちゃん:2011年なの。ATLの中にあった自動車用電池の部門を切り出して、故郷の寧徳市に「寧徳時代新能源科技(CATL)」を設立したんだよ。社名の「寧徳」は、まさに生まれ故郷の地名なの🎯
小雪ちゃん:タイミングも見事だった。中国政府が電気自動車の普及に本腰を入れ始めた時期と重なって、CATLは国内の自動車メーカーへ電池を供給しながら急成長。さらにBMWとの取引を通じて欧州の厳しい品質基準に鍛えられたことで、世界の自動車メーカーから信頼される会社になっていったの💡
小雪ちゃん:2018年には深圳証券取引所に上場。いまではテスラ・BMW・フォルクスワーゲンなど世界の名だたるメーカーに電池を供給していて、EV用電池のシェアで世界首位を走り続けているんだよ。
4. 「賭ける気持ちのほうが強い」——オフィスに掲げた言葉
柴くん:この人の考え方って、どんな感じなの?📝
小雪ちゃん:有名なエピソードがあってね。彼のオフィスには「賭性更堅強」——意訳すると「賭ける気持ちのほうが強い」という書が掛かっていたと伝えられているの。
小雪ちゃん:由来は、福建の人たちがよく口にする「愛拼才会贏(懸命に戦ってこそ勝てる)」という言葉。それに対して彼は「懸命に働くだけでは足りない。勝負に出る度胸がいる」という意味を込めたといわれているんだよ💪
柴くん:国有企業を3か月で辞めた人の言葉だと思うと、重みがあるなあ……😳
小雪ちゃん:本当にそうだよね。安定を捨てて工場へ、上司の誘いに乗って起業、そして故郷へ戻って新会社。人生の節目でぜんぶ「賭ける」ほうを選んできた人なの✨
5. 学び——柴くんメモ
柴くん:うーん、勉強になったなあ……📝 小さい電池の技術を、大きい電池に応用したっていうのが賢いよね。
小雪ちゃん:そこが本当に大事なところ! まったくのゼロから始めたわけじゃなくて、スマホ電池で10年以上かけて磨いた「安全に作る技術」を、そのまま車の電池に持ち込んだの🎯
小雪ちゃん:しかも会社を作る場所に、あえて何もない故郷を選んだ。地元政府の支援を受けやすかったという計算もあったといわれているけれど、貧しい土地から出た人がその土地に世界一の工場を建てたという物語そのものが強いよね✨
6. 投資の視点|CATL株は日本から買える?
柴くん:CATLの株って買えるの?
小雪ちゃん:CATLは深圳証券取引所に上場していて、2025年には香港市場にも上場したの。日本の証券会社だと、香港市場のほうであれば取り扱いがある場合があるよ💡
小雪ちゃん:ただしEV電池は競争がとても激しくて、値下げ圧力や各国の政策変更の影響を受けやすい分野なの。シェアの高さだけで判断せず、利益率の推移や海外工場の稼働状況もあわせて見るのがおすすめだよ。
📈 株価チャート(自動更新)
❓ よくある質問(FAQ)
Q. 曾毓群はどんな経歴の人ですか?
A. 1968年に福建省寧徳市の農村で生まれ、上海交通大学を卒業後、国有企業を3か月で退職。香港系の電子部品メーカーで技術責任者を務めたのち、1999年に電池会社ATLを共同創業し、2011年にCATLを設立しました。
Q. CATLの社名の由来は何ですか?
A. 正式名称は寧徳時代新能源科技で、曾毓群の故郷である福建省寧徳市の地名に由来します。英語名はContemporary Amperex Technology Co. Limitedの略でCATLです。
Q. CATLの株は日本から買えますか?
A. 深圳証券取引所に上場しているほか、2025年に香港市場にも上場しました。日本の証券会社では香港市場の銘柄であれば取り扱いがある場合があります。
🔗 関連記事
まとめ
柴くん:貧しい町から出て、その町に世界一の会社を建てて帰ってきたのか……。かっこいいなあ。
小雪ちゃん:そうなの。「賭ける度胸」を人生で何度も使って、そのたびに勝ってきた人だよ✨ EVの未来を語るとき、この人の名前は必ず出てくるから覚えておいてね!

💬 コメント・ご感想 読んだ感想・質問・ご意見をお気軽にどうぞ!