中国には「圆桌(円卓)」という言葉に特別な響きがある。家族が集まる食卓も、友人との語らいの場も、円い卓が基本だ。そこに上座も下座もない。全員が対等に向き合い、料理を分け合い、言葉を交わす。窦文涛(ドウ・ウェンタオ)がつくり上げた番組「圆桌派」は、まさにその精神を体現した中国屈指のトーク番組である。
窦文涛が凤凰卫视(フェニックステレビ)で「鏘鏘三人行(チャンチャン・サンレンシン)」を始めたのは1998年のこと。3人がテーブルを囲んでニュースや社会問題を語り合うこの番組は、約19年にわたって放送され、5000回を超えるエピソードが制作された。2017年に惜しまれつつ終了した後、その精神を受け継いで2016年から優酷(ヨウク)で配信されているのが「圆桌派」だ。鏘鏘三人行から数えれば27年以上——窦文涛はその間ずっと「対話の場」を守り続けている。
2025年に配信が始まった圆桌派第八季。その中でも特に反響を呼んだのが、旧友・马未都(マー・ウェイドゥ)を迎えた回だ。文化評論家であり、中国初の私立博物館「观复博物馆」の創設者でもある马未都は、圆桌派の「常連ゲスト」として長年にわたり窦文涛と名コンビを組んできた。この日のテーマは「免疫」。なぜ最近、風邪が治りにくくなったのか? 薬を飲んでも効かないのはなぜか?——身体と社会の両面から、現代人が直面する「免疫力の危機」を掘り下げていく。
📺 「免疫システムがストライキを起こした」——番組冒頭の問いかけ
番組の冒頭、窦文涛は静かに切り出した。「俺たちが最初に番組を始めたのは25年前だ。あのころ、こんなに長く続くとは思っていなかった」。その言葉に、马未都はゆっくりとうなずいた。「続けられたのは、時代が変わっても人間の本質は変わらないからじゃないか。悩みの種類は変わっても、悩む気持ちそのものは同じだ」。この一言が、番組全体を貫くテーマとなった。
話題はやがて、コロナ禍を経た現在の中国社会へと移っていく。窦文涛が問いかける。「コロナが終わって、みんな元気になったと言うけれど、本当にそうだろうか。体は回復しても、心は回復していない人が多い気がする」。それに対し、马未都が応じる。「それは免疫の話だよ。体の免疫だけじゃなく、心の免疫、社会の免疫——これが全部一度にやられた。回復には体の何倍もの時間がかかる」。
この対話は、コロナ後の中国社会が抱える精神的な疲弊を見事に言語化したものとして、多くの視聴者の共感を呼んだ。「免疫」という言葉を、単なる医学用語ではなく、社会全体の回復力として捉え直す視点が、圆桌派ならではの深みを生んでいる。
💊 抗生物質の乱用——「近道を求める社会」への警鐘
番組の中盤では、抗生物質の乱用という具体的な医療問題が取り上げられる。中国では長年にわたり、風邪をひくとすぐに抗生物質を処方する医療慣行が広く定着してきた。患者側も「早く治したい」「確実に効く薬がほしい」という心理から、強い薬を求める傾向が強い。その結果、本来の免疫力が育たず、薬が効きにくい体質がつくられてしまう——という悪循環が生まれている。
马未都はこの問題を、医療の枠を超えた社会的なメタファーとして捉えた。「便利さを追い求めるあまり、本来の体の力を自分たちで削いできた。これは薬の話だけじゃない。教育も、仕事も、人間関係も同じだ」。この指摘は、効率やスピードを最優先する現代中国社会全体への批評として深く響く。近道を選び続けた結果、人々は自ら回復する力——すなわち「免疫力」——を失いつつあるのではないか、という問いかけだ。
窦文涛もまた、この議論を受けて「休養」の問題に話を広げた。中国には「勤勉こそ美徳」という根強い文化がある。996(朝9時から夜9時まで、週6日働く)に象徴されるような過酷な労働環境は、若い世代を中心に大きな社会問題となっている。体を休めること、心を休めることが「怠け」と見なされる文化の中で、人々の免疫力——身体的にも精神的にも——が削がれ続けてきた。马未都は「中国人は休むのが下手だ。休むことに罪悪感を覚える。でも、休養なしに回復はない」と指摘し、場内に深いため息とともに共感が広がった。
🧠 25年の対話が映し出す「中国社会の鏡」
番組の後半、窦文涛は「番組は鏡だ。中国社会の変化を映し続けてきた」と語った。1998年に鏘鏘三人行が始まったとき、中国はWTO加盟を目前に控え、経済成長への期待に満ちていた。2008年の北京五輪、2010年代のスマートフォン革命、そして2020年のコロナ禍——その都度、窦文涛はゲストとともにテーブルを囲み、時代の空気を言葉にしてきた。马未都は「でも今はその鏡が少し曇っている気がする」と応じ、場内に笑いとともに深い共感が広がった。
この「鏡が曇っている」という表現は、コロナ後の中国社会が抱える複合的な不安を言い当てている。経済成長の鈍化、若者の就職難、不動産市場の低迷——こうした外部環境の変化に加え、3年間にわたる厳格なゼロコロナ政策がもたらした心理的な疲弊が重なり、社会全体が一種の「免疫不全」の状態に陥っているのではないか。窦文涛と马未都の対話は、まさにこの問題の核心を突いている。
さらに、「回復」のあり方についても興味深い議論が展開された。马未都は中国の伝統医学の考え方を引きながら、「西洋医学は病気を攻撃するが、中医は体全体のバランスを整える。今の中国社会に必要なのは、攻撃ではなく調和だ」と述べた。即効性のある解決策を求めるのではなく、時間をかけて体質そのものを変えていくこと——それは個人の健康にも、社会の回復にも通じる智慧だろう。窦文涛はこれを受けて、「それが圆桌派のやり方でもある。答えを急がない。ゆっくり話して、ゆっくり考える」と静かに微笑んだ。
🇯🇵 日本への示唆——「心の免疫」は日中共通の課題
この回で語られる「心理的免疫の回復」というテーマは、日本にとっても切実だ。コロナ禍以降、日本でも「五月病」の深刻化、燃え尽き症候群の増加、そして「マスク症候群」と呼ばれる対人コミュニケーションの困難が広く報告されている。窦文涛と马未都が語る「社会全体が休養を軽視してきた」という反省は、長時間労働文化が根付く日本にとっても、そのまま当てはまる指摘だろう。
一方で、この番組が示す「話し合うことで現実を言語化する」という行為の大切さは、日本社会にも大きなヒントを与えてくれる。「空気を読む」文化の中で本音を語ることが難しい日本において、圆桌派が実践する「対等な対話の場」は一つの理想像だ。窦文涛は決して自分の意見を押し付けない。ゲストの言葉に耳を傾け、時に鋭い問いを投げかけ、時にユーモアで場を和ませながら、視聴者に考える余白を残す。それこそが27年間変わらない彼のスタイルであり、番組が支持され続ける理由でもある。
🔖 なぜ圆桌派は愛され続けるのか
圆桌派の魅力は、何よりも窦文涛の「聴く力」にある。派手な演出や過激な発言で注目を集めるのではなく、ゲストの本音を丁寧に引き出し、対話そのものの面白さを見せる。テレビ的な「ショー」ではなく、知識人同士の「会話」を見せるというスタイルが、知的好奇心を持つ視聴者から圧倒的な支持を得ている理由だろう。
ショート動画全盛の時代に、1時間を超える対話番組が9シーズンにわたって支持され続けること自体が、中国の視聴者の知的な奥深さを物語っている。窦文涛と圆桌派は、速さと刺激に満ちた情報社会の中で、「立ち止まって、ゆっくり考える」ことの価値を静かに、しかし力強く証明し続けている。そして今回の「免疫」というテーマは、まさにその証明そのものだ——回復には時間がかかる。焦らず、ゆっくりでいい。その言葉が、コロナ後を生きるすべての人に、静かに響いてくる。
🔖 基本情報
番組名:圆桌派 第八季
MC:窦文涛(ドウ・ウェンタオ)
ゲスト:马未都(マー・ウェイドゥ)
動画時間:約1時間22分
テーマ:免疫力の低下・コロナ後の心理回復・抗生物質の乱用・休養の文化
配信:優酷(Youku)/YouTube
YouTube:https://www.youtube.com/watch?v=9J35gDWTHgo


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